杉並区内にあって最も多くの乗降客が利用する荻窪駅エリアが豊かな緑をたたえる理由とは

荻窪駅周辺について

杉並区内にあって最も多くの乗降客が利用する荻窪駅エリアが豊かな緑をたたえる理由とは

こんにちは、院長の三橋です。

今回は、荻窪という街の歴史について。

東京メトロ丸ノ内線とJR中央線が停車する荻窪駅は、杉並区内で最も多くの乗降客が利用するだけあって、駅前には幾筋もの商店街が伸び、それぞれかなりの賑わいを見せています。

なかでも駅直結の荻窪タウンセブンルミネ荻窪といった商業ビルは、まさに荻窪を象徴する存在。

高望みをしなければ、おそらく「全ての買い物が荻窪駅前だけで完結してしまう」という利便性の高い街であるのです。

しかし、そんな荻窪に実は「もうひとつの顔」が。

駅前から少し歩いてみると、23区にあって意外にも豊かな緑をたたえるスポットが多く存在するのです。

荻窪タウンセブンが生まれた歴史について

戦後まもない頃、空襲後の焼け野原に自然発生的に生まれた闇市が、実は荻窪タウンセブンのルーツ。

やがて闇市から店を構えるようになり、「荻窪新興商店街」として駅前にマーケットを確立するまでに成長。

そこで荻窪駅前の再開発の話が持ち上がり、雑多だったマーケットが大型商業施設に集約、入居したのが荻窪タウンセブンのはじまりなのだそう。

また、高度成長期の頃に「輸送力強化」の旗印のもと丸ノ内線を荻窪駅まで延伸したことも、さらなる住民を多く呼び込む結果に繋がりました。

当時、都心で働く人々のベッドタウンだった荻窪は、中央線の混雑ぶりが悩みの種。

そこで、丸の内線を中野坂上駅から分岐させて、荻窪駅まで延伸することなったのです。

そう。つまりは方南町駅〜中野坂上駅間の方がもともとは本線であったという事実。

荻窪駅と丸の内線との歴史を紐解いていくと見えてくる方南町駅という存在について

こういった経緯もあり、2路線を使える荻窪駅は、いつしか杉並区における交通アクセスの中心として成長を遂げていったという訳です。

駅前ロータリーに数え切れないほどのバス路線が存在していることからも、荻窪駅が杉並区内最大の乗降客数を誇る事実を伺い知ることが出来ようもの。

そして、荻窪タウンセブンも巨大な需要をバックに、かつての闇市から商業ビルへと変貌を遂げることが出来たのです。

杉並区における交通アクセスの中心である荻窪という街について

杉並区は優秀な学校が多いことでも有名

杉並を語る上で、決して外してはならないこと。それは非常に教育熱心な土地柄であるということです。

杉並区は公立、私立を問わず、優秀な学校が多く存在することで知られており、区立の小学校も杉並区の場合は評判が高くて有名で、なかには「名門」と呼ばれる幼稚園の存在も。

そういえば、かつて杉並区は独自選定の歴史教科書で話題になった時期もありましたっけ。

もともと、教育熱心な土地柄であったという訳なのですが、これには実は「とある事情」があったから。

それは、特に荻窪、西荻窪がかつての知識人たちの保養地や別荘地だったからで、関東大震災や東京大空襲で焼け出された知識人、文化人たちが、そのまま定住して今に至るそうなのです。

特に西荻窪に個人経営の古書店や喫茶店が多く存在するのは、これが理由なのだそう。

かつての文化人や知識人の名残りを今に残す荻窪の「緑」

教育水準の高さと緑の豊かさとの間の相関性

そうした、かつて荻窪に暮らした知識人、文化人たち。

近衛文麿(元総理大臣)、角川源義(角川書店創設者)、大田黒元雄(音楽評論家)といった政治家や文化人たちをはじめ、与謝野晶子、太宰治、井伏鱒二といった著名な作家たちが有名です。

特にその名を冠した杉並区立与謝野公園や、大田黒公園は、かつての住居跡を一部公園として整備されたもの。

かつて保養所や別荘地でもあった荻窪には、こういった歴史的経緯をもつ緑地帯が数多く存在する関係で、23区内でも有数の「緑」を誇るエリアとなったのです。

教育水準の高さと緑の豊かさとの間には、実は相関性があったとも考えられるわけです。

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